香りの分析 〜fragrance analysis 〜
オートクチュールハウス「グレ」の創始者マダムグレの精神(人柄)と彼女が紡ぎ出した芸術品を語ることなしに、シプレアニマリックの名香「カボシャール」を語ることはできない。
芸術としてのオートクチュールよりも、商業的要素の強かった当時のオートクチュール界において、純粋にアートを追求したマダムグレの存在は異質であったに違いない。
彼女の人柄は華やかな世界とは対照的に控え目で物静かであったというが、そのデザインは縫い目の見えないマントや、古代ギリシャ風ドレスのドレープが表現するようにとても斬新で前衛的。エッジの効いた表現手法は自身の感性に対する自信の表れでもあったのだろう。
そして彼女の信念の強さは、1940年代当時、ナチスの支配下にあったパリにおいて、フランス国旗をモチーフにしたコレクションを展開し、その後自身のハウスが廃業に追い込まれたという有名なエピソードが象徴しているように、非常に強固なものであった。
名香「カボシャール」はマダムグレのスピリットがそのまま香りに乗り移ったようである。奇しくも、フランス語で"わがまま"や"強情っぱり"を意味するカボシャールという言葉を気に入って香水に名づけたのはマダムグレ本人であり、個性的で強い香料がぶつかり合い、何層にも重なり合うことで、眩暈がするほど魅惑的な香気を漂わせるカボシャールに自身との類似性を見出したのかもしれない。
カボシャールはベルガモットとグリーンノートが主体のマットな香気で始まるが、濃厚なフラワー様の香りを持つイランイラン、スパイシーなクローブ、強いグリーンノートが特徴のガルバナム、レザー、動物性香料であるカストリウムなど、個性的で強い香料が次々と顔を出す。
しかしながら、それぞれが重なり合い、何層にもなることで、カボシャール特有のまったりとした魅惑的な香りが匂い立つ。この独特の芳香は、ラストノートでドライウッディの香気に転ずるが、マダムグレの強い信念のように決して失われることはないのである。
穏やかに、でも確かに「それ」とわかるカボシャールの存在感。静かな主張は自信に満ちた、大人の女性に相応しい。 |